大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

宮崎地方裁判所都城支部 昭和39年(ワ)5号 判決

主文

原告等の本訴請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告は原告両名に対し、別紙目録記載の山林につき、所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め請求原因として、

一、(一) 請求の趣旨記載の山林(以下本件山林という)は被告の所有であつたが昭和三六年一二月二八日本件当事者間に成立した交換契約により、原告両名はその共有にかかる宮崎県北諸県郡三股町大字宮字松ケ尾九六四番一〇六所在の山林一畝二七歩外六筆の山林を被告に譲渡するのと引換えに、被告から本件山林の譲渡をうけあわせて追残金一五万円の支払をうけ、その所有権を取得した。

(二) 右交換契約は、訴外馬渡広二が、被告から交付を受けた(イ)被告の記名押印並びに物件の表示があり名宛、金額、契約年月日の記載のない本件山林の売渡証、(ロ)被告の記名押印及び委任事項として本件山林の所有権移転登記なる記載があり、登記権利者らん及び年月日らん白地のいわゆる白紙委任状、(ハ)本件山林の権利証、(ニ)被告の印鑑証明書各一通を示し、被告の代理人として原告両名との間に締結した契約であるが、仮りに右訴外人にその代理権限がなかつたとしても、原告両名としては、右訴外人において本件山林の所有権移転登記に必要な前記各書類を所持していたことと取引慣行からして、被告において右訴外人にその代理権限を与えたものと信じたのであり、かく信ずるにつき過失がなかつた。よつて被告は民法第一〇九条により、右交換契約履行の責任がある。

よつて本訴請求に及んだと述べ、

二、被告の附陳事実中(イ)の点は知らない、と答え、(ロ)の点を争い、

三、予備的に、本件山林が被告から訴外山中に売却され、その後に同訴外人が原告両名と交換契約をし原告両名にその所有権を移転したものとしても、訴外山中との売買契約において被告は、同訴外人に対し譲受人らん白地の売渡証、及び白紙委任状等前記の書類を交付して本件山林を引渡したことをみれば、被告は本件山林が右訴外人から第三者に転売されることを予想し、かつ、最終取得者に対し、中間取得者の登記を省略して直接所有権移転登記手続をなすべき義務を甘受したものと解すべきものである。なお被告は、訴外山中との間の前記売買契約が昭和三七年四月七日解除されたと主張するが、仮りにそうであるとしても、原告両名は前記交換契約により右各書類の交付を受けた結果、右解除に先立つ昭和三六年一二月二八日被告に対し直接右登記請求権を取得したのであるから、被告は右解除の効果を原告両名に主張することはできない。よつて被告は原告両名に対し、直接その所有権移転登記手続をなすべき義務がある。と述べた。

立証(省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

一、(一) 請求原因一の事実中、本件山林が被告の所有であることは認めその余は全部否認する。

(二) 仮りに本件が民法第一〇九条の適用ある場合に該当するとしても、前記交換契約にあたり原告両名の代理人として右契約を成立させた訴外荒武国義は善意無過失ではなかつたから、被告は同条にもとずき責任を負わなければならないものではない。よつて本訴請求は失当である。と述べ、

もつとも、(イ)被告は昭和三六年一二月二三日訴外山中哲夫に対し、本件山林及び被告の三男田原光典所有名義の山林一筆を代金二〇五万円で売り渡し手附金二〇万円を受領したことはある。(ロ)その後原告両名は右訴外人との間にその主張の交換契約をしたものの如くである。と付陳し、

二、予備的請求に対し、

(一)  被告が、訴外山中において本件山林を他に転売することを予想しながらこれを同訴外人に売却したとの点は否認する。また被告が、本件山林の最終取得者に対し、直接所有権移転登記をなすべき義務があるとの点は争う。

(二)  被告と訴外山中間の前記売買契約においては期日に代金を完済することをその要素としたところ、訴外山中においてはその支払いの意思がないのにこれあるように装つて被告を欺罔し、これにより被告をして右契約に応じさせたものであるから、右契約は要素に錯誤があり絶対的に無効である。従つて右契約により訴外山中に本件山林の所有権が移転することはない。原告両名は訴外山中との間に主張の交換契約を締結したものの如くであるが、右訴外人において本件山林の所有権を取得しない以上、右交換契約により原告等にその所有権が移転することはない。

(三)  然らずとしても、前記のように右訴外人は被告に対し手附金二〇万円を交付したのみで、被告から残代金の支払いの催告並びに条件付契約解除の意思表示を受けたのに拘わらず指定の期日たる昭和三七年四月一二日までに右金員を支払わなかつたので同日の経過をもつて右売買契約は解除された。

(四)  してみると、いずれの点からみても被告としては本訴請求に応ずべき義務はない。と述べた。

立証(省略)

当裁判所は職権で被告本人を尋問した(第二回)。

理由

一、請求原因一の(一)の事実について、被告はこれを否認するので判断する。

成立に争いのない甲第三号証の二、同第四号証の一及び三、第五号証の一ないし三、同号証の四の一部、証人荒武国義(第一、二回)同戸高佐津雄(第一、二回)、証人馬渡広二(第一、二回)の各証言及び被告本人尋問の結果(第一、二回)を綜合すると、被告は昭和三六年一二月二三日訴外山中哲夫の代理人である訴外馬渡広二を介し右山中に対し、被告所有の本件山林及び被告の子供である田原光典所有名義の山林一筆を代金二〇五万円にて売渡し、同月二五日までに手附金二〇万円を受取つたうえ、同訴外人に対する本件山林の所有権移転登記手続に必要な書類として権利証、被告の印鑑証明書のほか、被告の記名押印及び売渡物件の記載があり、金額、名宛人、年月日の各欄を白地とした売渡証書、被告の記名押印及び目的物件の記載並びに登記一切の権限を委任する趣旨の委任事項の記載があり、受任者、年月日の各欄を白地としたいわゆる白紙委任状(以上の各書類を以下本件各書類という)を訴外馬渡広二を介し右山中に交付したこと、本件山林の所有権を取得した訴外山中は右馬渡を代理人とし、同人をして同月二八日原告両名の代理人である訴外荒武国義との間に本件山林と原告両名共有の山林の交換に当らせたのであるが、右馬渡は右国義に対し山中の代理人であることを告げなかつたばかりか、被告から何ら代理権を授与されていないにも拘わらず、右山中からあらためて交付を受けていた本件各書類を示して被告の代理人の如く装つたので、国義は、契約の相手方を被告と誤信し、即日、原告両名の山林七筆を被告に譲渡するのと引換えに被告から本件山林の譲渡を受け合わせて追銭金一五万円の交付を受ける趣旨の交換契約を締結するに至り、右馬渡から成約と同時に追銭の一部金一〇万円、翌二九日その残額金五万円及び白地の部分につき何ら補充されていない本件各書類の交付を受けた事実を認めることができる。

本件山林につき被告と訴外山中間に成立した契約は交換契約である旨の甲第五号証の四の一部、証人馬渡広二の証言の一部(第二回)は前顕諸証拠に照らし措信し難い。また証人馬渡広二の証言(第一、二回)の一部には、右馬渡は原告両名との右交換契約の際国義に対し、本件山林が訴外山中の所有になつた経過を話したとか山中の名前を出した趣旨の証言があるが、しかし同証人の証言全体及び証人荒竹国義の証言(第一、二回)、被告本人尋問の結果(第一、二回)に照らせば右部分は極めて不確実な証言であつて信用するに値しない。他に以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

してみれば、訴外馬渡が被告の代理人として原告両名との間に締結した右交換契約は、無権代理行為であるからその効果は当然には被告に及ぶものではない。

二、これに対し、原告両名は請求原因一の(二)のとおり主張するので判断する。

本件は前記認定のとおり、訴外山中に対する本件山林の所有権移転登記手続のため被告から同訴外人に交付された本件各書類が、同訴外人から更に訴外馬渡に交付されたところ、右馬渡はその権限がないのに被告の代理人として本件交換契約を締結し、その機会に原告両名の代理人である訴外荒武国義に右各書類を呈示交付した場合であるが、これをもつて、被告が右国義に対し、本件山林の処分について右馬渡に代理権を授与する旨の表示をしたと認めうるかにかかるのである。

民法第一〇九条にいう表示の方法には格別の制限があるわけではなく、本人が他人を介し第三者にその表示をなすことも、もとより可能である。しかして、本人が不動産登記手続に必要な白紙委任状、処分証書、権利証等を他人に交付したところ、その他人(以下特定他人と仮称する)において、その事実がないにも拘わらず本人から代理権を与えられていると称しこれら書類を第三者に示したときは同条所定の表示があつたものと解すべく、従つて右特定他人が本人の代理人として第三者との間になした不動産の処分行為については、本人はその効果を甘受しなければならない。何故なら、ある人が代理人であれば通常本人から交付を受けているこれらの書類を、本人において任意にその特定他人に交付しもつて外部に行使されうる事態を作出した以上は、本人にはその特定他人に不動産処分の代理権を与えた旨を同人を介して第三者に対し表示する意思があると推定するに足り、またそのように解釈されても止むをえないからである。かつ、かくして特定他人が本人の代理人としてなした行為の効果を本人に負担せしめるのが禁反言の法理に適合するのである。従つて、本人においてこれら書類を、特定他人に限らずその所持人は何人であれこれを使用してもよいとの趣旨で交付したものであれば、本人はその所持人に不動産処分の代理権を与える旨をその者を介して第三者に表示する意思であると解釈するにたやすいから、その所持人がこれら書類を第三者に示し本人の代理人と称したとすれば、本人はその所持人を介して第三者に対し、民法第一〇九条所定の表示をしたものと解すべきことは当然である。

しかしながら、本人が不動産登記手続に必要なこれら書類を何人において行使しても差支えない趣旨で交付したのではないのに、本人からこれが交付を受けた特定他人においてこれを更に他の者に交付し、その者がこれを濫用し第三者に対し本人の代理人と称して不動産処分行為に及んだ場合にまで、本人はその第三者に対し同条にいう表示をしたと解さなければならないものではない。何故なら、不動産登記手続に必要な書類は、たといその委任状が白紙委任状であり或いは処分証書の名宛人欄が白地であるからといつて、そのことからこれら書類が特定他人から更に他の者へと輾転流通するのが常態であるとは認められず、また仮りに他の者がこれら書類を所持するに至つたとしても、その者がこれを利用して本人の代理人と称し不動産の処分行為に出るのが一般的であるとも認められないのであつて、それ故、本人には何人であれこれらの書類の所持人に不動産処分の代理権を与える旨をその者を介し第三者に表示する意思があると推定しえないからである。してみれば右の場合においては、民法第一〇九条に該当するものとして、本人にこれら書類の所持人のなした行為の効果を甘受させなければならないものではない(最高裁判所昭和三八年(オ)第七八九号事件、同三九年五月二三日判決)。

これを本件についてみれば、前記認定に明らかなとおり、被告からみて訴外馬渡広二は右にいう特定他人ではなく(訴外山中哲夫がこれに当る)、特定他人たる訴外山中から本件各書類の交付を受けた立場にある者である。しかして被告が訴外山中に本件各書類を交付した趣旨は、同訴外人に対する本件山林の所有権移転登記手続の目的に尽きるものであること前示認定のとおりであり、被告においてこれら書類が輾転流通の上同訴外人以外の者によつて前記認定のように使用されることを認容して交付したものでないことは被告本人尋問の結果(第一、二回)によつて明らかである。

もつとも証人馬渡広二の証言(第一、二回)中には、「大体山の売買というものは商売用のときは三ヶ月間登記せず書類で売買するものである」「売つた人は誰の山になつても構わない。誰が登記してもよいのである」とか、「当地方では現金引換えに本件各書類と同様な書類を渡して次々と取引する」との趣旨の証言があるが、山林取引に関与することの多いいわゆる玄人間の取引においてそのような慣例があるといいえても、稀に山林の取引をするにすぎないいわゆる素人の取引においてもそのようにするのが慣例であるとは到底認め難い。被告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、被告は格別山林の取引に通じていた者ではなく、むしろ素人に属するものであること並びに訴外山中を自分と同業の酒類食料品商として認識していたにすぎず同訴外人を山林取引業者であるとかこれに通暁するものと認識しながらあえて名宛白地の売渡証書、受任者欄白地の委任状等本件各書類を交付したものではないことを認めることができるから、右証人馬渡広二の証言によつても被告が本件書類を何人において使用して差支えない趣旨で交付したとは推認することができない。また同証人の「本件各書類によつて誰にでも登記ができる」との趣旨の証言部分は、前掲証言部分を合せみても、山林所有権の移転に伴つてこれら書類を所持するに至つた者は、自己より前の所有権取得者の登記を省略し直接自己に登記をするため、右書類を利用することができるとの趣旨以上に出ないのであつて、同証人としては、その所持人がこれら書類を利用し、次の譲受人に対し本人の代理人として処分行為を行うのが通例であるとの趣旨で証言するものではないこと同証人の証言全体に照らし明らかである。他に以上の認定を覆えすに足りる証拠はない。

してみれば、民法第一〇九条に該当するものとして、被告をして本件交換契約の効果を受忍せしめることはできない。

三、次に予備的請求原因について判断する。

被告が訴外山中に対し、同訴外人との間の前記売買契約に伴い白紙委任状及び名宛白地の売渡証書などの本件各書類を交付したのは前記認定のとおりであるが、その事実をもつて、被告は同訴外人が本件山林を他に転売することを予想し右の如き本件各書類を交付したとは認め難く、他に被告が右のように予想していたと認めるに足りる証拠はない。また同訴外人と原告両名間の前記交換契約に伴い、右各書類が白地部分未補充のまま同訴外人から原告両名に交付されたことも前記認定のとおりであるが、そのことから直ちに、原告両名が被告に対し、直接、その所有権移転登記請求権を有すると解することはできない。原告両名において被告に対し、中間取得者の登記を省略して直接の所有権移転登記を求めうるのは、中間取得者である訴外山中を含めた右の三者間においてその旨の合意が成立している場合に限られると解するのが相当である。しかるところ右の合意の成立を認めるに足りる証拠はない。

してみれば、その余の点を判断するまでもなく、右予備的請求も失当である。

四、よつて原告両名の本訴請求は理由なきものとしてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

別紙目録

北諸県郡三股町大字椛山字富田二、九四九番二

山林    一町二反五畝歩

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例